モジャコ主事
本当の『共存』と信念
区民のため、ひいては世の中のために仕事を精進する。そして、それが私をここまで大人に育ててくれた、前の会社への恩返しでもある。そう想いながら、新たな環境・組織に対する夢と不安を抱き、私は飛鳥山の桜が舞う4月、北区役所の扉を開いた。そして年度が終わりを迎える今、私は「役所の組織」という壁にあたっていると感じている。
私は10年強、民間会社で働いていた。前職での毎日は、仕事も人の成長としてもとても楽しく、刺激的であった。勿論良い思い出ばかりではなく、時には厳しい指導や、辛くて長いトンネルの時期もあった。その時を振り返ると、心も体も疲弊し、活力がない中、よく前に歩こうとしていたなと思う。でもこう良い思い出ばかりが出てくるのはなぜか、仕事にはノルマがあったが、世の中から会社が必要とされている実感、そして組織と働く人達が素敵であったからだ。あの頃は、お客様や社内に沢山支えられていたから、楽しく、人として成長しながら過ごせていたのだと、今は強く感じる。何故こうも想う会社を辞めたのかというと、これは本当に家族事情であった。単身赴任をしていた時に変化した自分の両親、そして妻と子の状況を考え、悩みに悩んで決断をした。退職する最後の最後まで、色々な声をかけて頂き、そして送り出してくれた前職の方々には、本当に感謝でしかない。
こうした背景もあり、私は感謝の心と様々な想いを抱きながら、北区に従事している。だが今少し、「組織」の違いに困惑をしていると感じる。その要因はおそらく、「外部組織の経験者」と、「役所の組織に身を置く者」の考え・価値観の共存意識だと考える。外部組織の経験者である私は、一程度は理解をしているつもりであったが心底までは理解できていなく、結果、過去の経験から「正しい」と思い、行ったことが逆に自分のフラストレーションが溜める時もあった。
きたく部に入って以降、同じ経歴をもつ皆さんと会話をして、改めて深く理解できたことがある。役所という組織は予想以上に縦割り、かつ肩書主義の世界。そしてプラスの数字を追い求める民間とは違い、トラブルや緊急等を平常まで救う(いわばマイナスを助ける)仕事があるということだ。また私の人生の恩師に相談した所、こう話してくれた。「共存するということは、相手を論破することではないよ。」、まさにその通りだと感じた。「この考えは違うのでは…。提起することが外部と内部の良い融合、ある意味良い共存となり、区民のための強い組織になるのではないか。」、そんな想いが強すぎた時、論破するような思考回路が生まれ、結果自分を苦しめる毒を、自分で精製していたのかもしれない。私の反省点であると強く感じた。
一方で1つ、私なりにある点だけは譲れないと感じている。なぜ論破する思考回路が出てくるのか。それは「人の扱い方」に違和感があるからだ。外様である経験者のスキルを都合よく使い、基本的には経験から思う、考える話は聞かず、「役所はこうですから」、むしろ何も言われずに片づけられる事が多々ある。全員がそうではない、ただ上の役職ほどその傾向は強い。話を聞いてはくれない、上から言われたから(背景や理由がよくわかってない)、これはある意味論破である。私は別に経験値やスキルを上手く使われても構わないと思っている。むしろ使われることの方が、組織や自らにとって、良いことに繋がる可能性があると考えている。ただ、ただ「雑」であると思う。人間だれしもが、作業員Aではない。なんの為の経験者採用なのだろうか。この心に残る蟠りはなんだろうか…。それはおそらく、役所の組織云々関係なく、その人の「人間力」という点ではないかと思う。聴く、いや聞くこともしない一方通行は、いかがなものかと。自分の経験値やスキル、むしろ自分という人間は、あなたの都合の良い駒ではない。多分これが、私のいまだ取れない、ささくれみたいな感情である。
ここで恩師の言葉に帰る。「共存するということは、相手を論破はすることではないよ。」。そう、だから私はより人間力を磨きたい、人間力に魅了のある方々から吸収をし続けたいと強く想った。自分が違和感を感じた人物像に、この北区の組織内では決してならないこと。入りたての1年目ですが…、いつか組織に必要とされる人間力のある人になれる様、その時まで辛い長い道かもしれないが鍛錬だと思い、「今」の自分に必要な要素を的確に捉えて邁進をしていきたい。
自分を見失わないよう、生き続けたい。区民のために、世の中のため、そして恩返しのためにも。
